2014年6月1日〜15日
6月1日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「レネ」

 ココ氏は目に涙をためて言った。

「よかった。おまえのその髪型、変だと思ってたけど、言えなかったんだ。前みたいに短いほうがいいよ」

「いやだよ!」

 レネは両手で抱えたままかぶりを振った。

「絶対やだ」

「おまえの後頭部のかっこうはすごくいいんだ。それに、髪はないほうがその青い目が映えるよ」

「ばかやろう。ひとごとだと思って!」

 ジェリーはにが笑いして席をはずした。おれも彼について邸を出た。


6月2日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 金塊が出たので、ルイット氏は仲間に殺されなかったようだ。

 彼は犬のパオロも手放さなかった。アクトーレスが心配して連絡したところ、

「殺そうと思ったが、気が変わった。わたしは賢い犬が欲しかったんだ」

 パオロの気持ちはどうあれ、つきあいは続くようだ。
 ただし、執事のほうはもう少し悲惨だった。

 彼はハンサムだった上、イギリスの由緒正しい家柄の執事だったため、犬に落とされた。前評判だけで入札が殺到しているらしい。

 そして、おれたちの調査班にも少し変化があった。


6月3日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「ベルクソンをヤヌスにやるんですか」

 決定を聞いて、皆あ然とした。ウォルフは言った。

「ベルクソンにはわれわれが必要な時、パイプ役になってもらう」

 ウォルフとベルクソンと護民官で長時間話し合って決めたらしい。

 ウォルフは今後、護民官府は顧客間の犯罪捜査も処理するが、ヤヌスのほうも情報へのアクセスを円滑にしろ、と主張した。

 口約束でなく、人員の派遣を条件に出した。そのかわり、情報の乱用がないよう監察は受け入れる、と。

 ヤヌス側はもめたようだが、これをのんだ。


6月4日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「おはよう、ジェリー」

 オフィスに来たジェリーにおれは目で知らせた。

 おれのデスクのむかいに、新しいデスクが置かれていた。「J・スペンサー」の木札つきだ。

「おお、ようやく立ちんぼしなくて済むぜ」

 ジェリーはうれしそうに真新しいデスクを撫でた。
 ほかの仲間も言った。

「端末も発注している。必要なものは言ってくれ」

 皆すでに彼を受け入れていた。彼がウォルフを呼び戻したからだ。
 そこへウォルフが現れた。

「CFのマネージャーからえらい剣幕で怒られたんだが、誰がやらかした?」


6月5日 劉小雲 〔犬・未出〕

 ご主人様が帰っています。

「ひえひえに冷やした部屋で、おまえの作った餃子が食べたい」

 などと甘ったれたことを言います。

 このひとの不思議なとこは、餃子を食べる時に、ご飯も食べることです。おかしいと言っても、「なんで?」と餃子といっしょに、もくもくご飯を食べます。

「だから、餃子は小麦粉でしょ? ラーメンといっしょにごはん食べますか?」

「食べるよ」

「え?」

「?」

 ……だいぶ、日本人の食生活には慣れたつもりでしたが、まだまだのようです。


6月6日 キャンベル 〔執事・未出〕

「ひ、ひゃあああ、あああ!」

 二階からコスタの叫び声が聞こえました。様子を見にいくと、コスタは部屋で顔をおさえてうずくまっています。

「どうした」

「……訓練」

 そばに水を張ったボールがありました。

「暑いし、サウナだけじゃ、おれ汗臭いだろ。シャワーとか、風呂に入る、訓練しようと、顔だけでも――でも、だめだ」

 こわいよ、と彼は泣き出しました。

 わたしは感銘をうけました。
 素晴しい挑戦です。コスタ。真の勇気!

 でも、風呂に入る時に、顔を水につける必要はまったくないんですよ。


6月7日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 ご主人様からの電話の後、ミハイルがぼう然とつっ立っていた。

「どうしたんだ」

「……」

 彼は頬を高潮させ、二階に駆けあがっった。
 ことが判明したのは夕食の時だ。

「一週間、おれはご主人様のガードをすることになった」

 その目がめずらしくキラキラ輝いていた。
 フィルは微笑んだ。

「よかったな。おめでとう!」

「こんなうれしいことはここにきてはじめてだよ」

 興奮する隣で、エリックが言った。

「あ、おれも呼ばれた。南米だってな」


 ミハイルの眉が急に険しくなった。

「おまえも行くのか!」


6月8日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 ミハイルとエリックはドムスを出て行った。

 行くまでうるさかった! 
 ミハイルが仕事内容についてくどくどと教え、エリックは数分置きに、わかってる、と癇癪を起こした。

「兵隊の仕事とは違うんだ」

「要は撃たれなきゃいいんだろ!」

「そこがもう違う!」

 ふたりが出て行った今、我が家はとても静かだ。

 笑ってしまうほど平和。夕飯のテーブルでも嫌味の応酬はなく、みんなニコニコしている。
 フィルが笑った。

「あのふたりがいないと、家ってこんなにほがらかなんだな」


6月9日 ロビン 〔調教ゲーム〕
 
 たしかに家の体重が軽くなったような感じだ。
 いつもがさつなエリックと無愛想なミハイルがいない分、静かで風通しがいい。

 フィルは本を心穏やかに本を読み、キースとおれはゲームしたり、テレビで好きな番組見たり。
 アルはふたりの嫌いなメニュー、おれたちの好きなエスニック料理を作ってくれる。

 ただ、ランダムはちょっと勝手が違うようだ。

 エリックとミハイルの部屋に何度も入ろうとしてうろうろしている。宅配サービスが来るたびに、まっさきに地下におりていく。


6月10日 ロビン 〔調教ゲーム〕

「ランダムが」

 CFから帰ってきたら、アルが言った。

「玄関から出ていた。すぐにつかまえたけど、――エリックたちを探しに行こうとしたみたいだ」

 おれはランダムを見た。ランダムはリビングで、キースと風船キャッチボールしていた。子犬みたいに興奮して、風船を追いかけて行く。

「機嫌よさそうだけど?」

「ああ。あの子は不機嫌な顔はできないんだ」

 アルは少し考え込んでいた。

「玄関の鍵を閉めておこう。暑いし、変なやつに連れ込まれたらこまる」


6月11日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 おれにもランダムの異常がわかった。
 彼は今朝、おねしょしていたのだ。

 フィルはこれを重く見た。

「アクトーレスに相談したほうがいいな」

 だが、アクトーレスのパウルもこまっていた。ランダムにカウンセリングを受けさせるわけにもいかない。

『ご主人様のお許しがあれば、しばらくこちらでお預りすることもできますが』

 そういうことではない。おれはランダムに言った。

「エリックはあと三回寝たら、帰ってくるんだぞ」

 ランダムはニコニコ笑い、おれの頬に頭をすりつけた。


6月12日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 おれたちは彼を疲れさせるため、公園に連れ出した。

 公園バーべキューだ。もう何度もやっていて、ランダムも気に入りの遊びだ。
 彼も何を始めるのか理解してよろこんだ。

 ところが、これがいつもより手間がかかる。力持ちふたりがいないため、コンロを運んだり、燃料や水を運んだりする手が少ない。

 コンロの火もなかなかつかない。やっと火をつけて肉を焼いた時、キースがぽろっと禁句を口にした。

「なんか、おれまで寂しくなっちゃった」

 フィルは聞こえないふりをして、肉を焼いていた。


6月13日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 ランダムは今朝もおねしょをした。

 本人はけろりとしている。テレビで気に入りの曲が流れると、ひょこひょこ踊った。
 エリックと踊っていた曲だ。

 おれも正直に言った。

「あのうるさいのふたりに早く帰ってきてほしくなったよ」

 おお、とフィルが嘆いた。

「もう、うるさい家が恋しいのか」

「おれも兄貴いたし、うるさい家は別に苦じゃないんだよ」

 彼もランダムのダンスを眺めた。

「――電話だけでもしてみるか」

「我慢しなさい」とアルが言った。

「ランダムは我慢している」


6月14日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 アルは言った。

「ランダムは寂しがっているが、耐えている。わたしたちが思うより、我慢強い」

「トラウマにならなきゃいいが」

「なるかもしれない」

 アルは言った。

「だが、彼の苦痛をすべて取り除いてやるべきかな? わたしはたまには寂しいこともあっていいと思う。たまにはしょんぼりしたり、もうダメだと思ったり。それも人生じゃない?」

 おれはアルを見た。アルはやさしい目でランダムを見ていた。

「ただ、助けがいる時のために、わたしはそばにいるんだ」


6月15日 ロビン 〔調教ゲーム〕

  ランダムのおねしょは続いている。

 だが、おれたちはいちいち集まって悩むのはやめた。ベッドマットと、パジャマのズボンと下着を替えてやり、あとはいつも通り、髪を梳いて、ヒゲをそってやる。

 ランダムも気にしていない。きれぎれの鼻歌を歌って、ニコニコと寄りかかってくる。

 宅配が来ると、あいかわらず走っていくが――。

 おれは気にやむのをやめた。これも彼の人生だ。

 だが、その日は地下から叫び声がした。

「おい! ランダムもらしたぞ。パンツー!」

 エリックの声だ。


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